配偶者を変えようとすると離婚に近づく理由 夫婦関係修復の3つの鍵を聖書から解説

サムネ 相手を変えようとすると。。。

配偶者を変えようとすると離婚に近づく理由 夫婦関係修復の3つの鍵を聖書から解説

夫婦関係の問題で最も多いのは「相手を変えようとすること」です。 しかし、それは逆効果であり、かえって関係を悪化させ、場合によっては離婚の危機をまねいてしまいます。 イエス・キリストはマタイの7章で「まず自分の目の梁を取り除きなさい」と語られました。 500組以上のご夫婦のご相談をお受けしてきた経験から見えてきた、夫婦関係が回復し始める3つのポイントを聖書から解説します。

夫婦関係修復の鍵となる3つのポイント

私はこれまで500組以上のご夫婦のご相談をお受けしてきました。 そこには必ず共通する心のパターンがありました。 今回はその心のパターンを解き明かしながら、夫婦関係が回復し始める第一歩を一緒に見ていきたいと思います。

ポイントは次の3点です。

  1. 自分が見えない私たち
  2. 相手ばかり見える私たち
  3. 自分が変われば相手も変わる

今回の土台となるのは、新約聖書マタイの7章3節から5節です。

あなたは、兄弟の目にあるちりは見えるのに、自分の目にある梁には、なぜ気がつかないのですか。

兄弟に向かって、「あなたの目からちりを取り除かせてください」と、どうして言うのですか。見なさい。自分の目には梁があるではありませんか。

偽善者よ、まず自分の目から梁を取り除きなさい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取り除くことができます。

(マタイ7:3-5)

ポイント① 自分が見えない私たち

この例え話を見ていくと、「兄弟の目にあるちりは見えるのに、自分の目にある梁にはなぜ気がつかないのですか」というイエス様の問いが印象的です。

梁というのは丸太とも訳すことができる言葉で、自分の目の中にある大きな問題を指しています。 聖書的に言えば、これは罪の問題です。

自分のことが見えていない

私たちは自分のことを分かっているようでいて、実はよく分かっていないものです。 そのため、常に自分の考え方や思いが正しいと思ってしまいがちです。 自分が間違っていることが見えない、という状態がどこかにあります。

具体的にどういうふうに感じるかというと、「私の考え方が普通だ」「私の願っていること、お願いしていること、思っていることは普通のことであって、全然無理なことを言っていない」という感覚です。 つまり、私が変わらなければいけないこの梁、自分の罪というのが見えていないのです。

聖書は「私たちはみんな罪人だ」と語ります。 ですからみんな問題を抱えているのですが、それでも自分のことを棚に上げてしまいがちです。

自分の貢献は大きく見え、足りないところは小さく見える

例えば、ご主人に「家事をどれくらい手伝っていますか?」と聞くと、「家事の80%くらいはやっています、ほとんど僕がやっています」とおっしゃいます。 しかしよくよく聞いてみると、奥さんに言わせれば「いやいや、半分以下ですよ、ほぼやっていないくらいです」となるわけです。

私たちは自分のやっていること、貢献していること、やってあげていることは非常に大きく見えます。 一方で、自分が足りないところや相手に対して不十分なところは、ものすごく小さく見えてしまう。

こうして、自分がどのように相手を傷つけてしまっているか、相手の期待に応えられていない部分はどこかということが、見えなくなっているのです。 イエス様はその状態を「なぜ気がつかないのですか」と問いかけておられます。

「偽善者」という言葉の本当の意味

なぜ気がつかないかの理由が、この聖書箇所の後半にある「偽善者よ」という言葉の中にあります。

偽善者という言葉のもともとの意味は「役者」です。 本当の自分と見せている自分が違うということです。 自分が作り上げたイメージの自分、役者のステージ上の自分が本当の自分だと思い込んでいる。 実際以上に自分がいい人間だと思っているわけです。

しかし本当の自分というのは、罪深く、相手を傷つけずには生きていられない存在です。 相手の期待を常に裏切ってしまう、自己中心の罪を抱えた本当の自分の姿があります。 常に自分の頭の中で作り上げた自分の像を見ているため、本当の自分の姿がわからないのです。

聖書は鏡 ── 本当の自分を照らすもの

聖書のものすごいところは、本当の自分の姿を照らすということです。 これを「聖霊の照明」とも言いますが、聖書の言葉は私たちの本当の姿を照らします。 だから「聖書は鏡だ」と言われるのです。

鏡を見てはじめて、「目の中に丸太が入っている」と気づくことができます。 鏡がなければ、顔が汚れていても髪がボサボサでも気づかない人のように、私たちも本当のけがれた罪深い姿は見えないのです。

だから私はいつも聖書からお話ししています。 この梁がある人と、兄弟の目のちりを取ろうとしている人の姿の中に、私たち自身の本当の姿が見えてくるのです。

まず「自分が見ている自分は本当の自分ではない」ということに気づくこと。 そして**「自分は罪深い自己中心的な人間なのだ」ということをまず認めること**が、一つ目のポイントです。

ポイント② 相手ばかり見える私たち

続いて「兄弟の目にあるちりは見えるのに」という言葉を見ていきます。 ちりという言葉は、ほこり、木くず、おがくずと訳すことができるギリシャ語です。 夫婦の関係で言えば、奥さんや旦那さんのちょっとした落ち度や、ちょっとした罪深さのようなところがものすごく大きく見えてしまうということです。

自分の問題は小さく見えて、相手の問題は大きく見えることがあります。 「なんでそういうふうにするの?」「何回言っても分からないの?」という感覚で、嫌なところが必要以上に大きく見えるわけです。

自分と相手で正反対になる見え方

自分に対しては、良いところが大きく拡大して見えて、悪いところは縮小して見えます。 相手に対しては、悪いところが拡大して見えて、良いところは縮小して見えます。

これが私たちの罪深さの根本的なところです。 自分のことばかり考えているので、このようにになってしまうのです。

相手の苦労や努力に感謝するよりも、相手の悪いところを取り上げて、そこが大きく見えてしまう。 「私ばっかり頑張っている」「俺ばっかり頑張っている」という感覚が生まれ、自分が損しているように感じてしまいます。

私たちが自己中心的な思いにとらえられてしまっているとき、自分に対して甘く、配偶者に対して厳しくなるのです。 別の言い方をすると、相手の良いところが見えないということです。 自分の悪いところが見えないことが一つの問題であれば、人に対して感謝できない、相手の良いところが見えないというのが、もう一つの問題です。

「変わらないから無理」という言葉が生まれるまで

自分のことを棚に上げて相手の悪いところばかり指摘し続けていたら、関係は本当に悪化していきます。 そういうことを長年続けてきた結果、「もう離婚してください」「もう耐えられない」「僕はもう出て行く」という言葉につながっていくのです。

実際に私のもとにも、「夫が出て行ってしまいました」というご相談が届くことがあります。 相手の嫌なところばかりに集中して、不機嫌な態度をずっと取り続けることで、ご主人はもう家にいることが辛くなってしまったということがあるわけです。

私たちは人の欠点がよく見えてしまうものです。欠点ばかりに目が向いてしまう、そのような心の傾向が私たちにはあります。

自分のことを棚に上げた指摘は逆効果

聖書の言葉をもう一度見てみましょう。

「あなたの目からちりを取り除かせてください」とどうして言うのですか。 「見なさい。自分の目には梁があるではありませんか。」

これはどういうことかというと、「あなた、ここを変えてよ。変わらないとダメだよ」と指摘しているということです。 しかし、自分のことを棚に上げている人から指摘されても、それを受け止めることは非常に難しいものです。

「僕もこういうところが悪いけれど、君もこういうところを直してくれないか」と言われるのと、自分が全く謝らない状態で「君のこういうところは良くないよ」「どうして君はこうなんだ」と責められるのとでは、まったく違います。 「あなたの目からちりを取り除かせてくださいとどうして言うのですか」というイエス様の言葉は、「そんなことを言える状態じゃないでしょう」と間接的に語っておられるのです。

ポイント③ 自分が変われば相手も変わる

イエス様はこうおっしゃいました。「まず自分の目から梁を取り除きなさい。」 まず自分、なのです。 そしてその後に「そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取り除くことができる」と続きます。

何事にも順番があります。 聖書は常に私たちの混乱を解きほぐして、秩序を与えてくれます。 どこから手をつけていいかわからないとき、聖書はステップ1、ステップ2と教えてくれるのです。

下ごしらえなしに夫婦関係は改善できない

まず自分の目から梁を取り除く、つまり自分が変わるべき点を見つけて取り組んでいくことが、何より大切です。 別の言い方をすれば、この下ごしらえなしには、相手との関係を改善することはできません。

レシピに例えるなら、パンはまずこねて発酵させてから焼くわけです。 発酵させる前にいきなり焼いてもパンにはなりません。 まずは自分が変わるという土台なしには、夫婦関係の修復は始まらないのです。

離婚の危機におちいったご夫婦は、何度も話し合いをして「あなたはやっぱり変わらないからもう無理です」と言われることがあります。 「自分の目から梁、丸太を取り除く」というのは、本当に難しいことです。 聖書の言葉によって自分自身の姿が見えなければ、それはできないのです。

相手から言われた言葉の中にヒントがある

一つのヒントは、相手から言われた言葉の中にあります。 「あなたはいつも私の話を聞いてくれない」といった言葉です。 私も家内からよく言われますが、そういうところにヒントがあります。

自分は話を聞いているつもりなのに、「なぜこのようなことを言われているんだろう」と立ち止まることが大切です。 話を聞いていないと言われて、「こういうことがあったんでしょう?」と言うと、「いや、そういうことじゃない、もう話したくない」となってしまうわけです。

女性が求めているのは「事実の整理」ではなく「気持ちの受け止め」

これは旦那さんへの一つのアドバイスになりますが、奥さんたち、多くの場合女性たちというのは、事実を知ってほしいわけではありません。 その事実に対して自分がどう感じたか、特に辛かった、大変だった、悲しかったというネガティブな気持ちを受け止めてほしいのです。

私が聞かなければいけないのは事実の整理ではありません。 「この人がこう来てこういうことを言われてこうだった。じゃあこういうふうに言えばいいじゃん」とつい言ってしまいがちですが、「こういうふうにすればいいんだよ」と、まるでマニュアルを作るような答え方をしても、奥さんは「そういうことじゃない」と言うわけです。

私がやらなければいけないのは、「ああ、大変だったんだね」と、家内の気持ちに寄り添うことです。 それは私にとってとても難しいことで、「こうすれば解決するのに」という方向へ考えが向きがちな私にとって、気持ちに寄り添うことはものすごくしんどい、正直めんどくさいことです。

しかし、「めんどくさいことをやってあげることが愛なのだ」と聖書は言います。 仕えることが愛なのです。 「好きだよ」という気持ちは大事ですが、それ自体は愛ではありません。 やりたくないことをやってあげること、それが愛だと聖書は言うのです。

ですから私は、ぐっとこらえて「こうすればいいじゃん」という気持ちを抑えて、「彼女はどう感じたんだろう。その場に自分がいて、同じことをされたらどうだろう」というところまで、頭に汗をかく、いわば心に汗をかく作業をするのです。

自分の梁を取り除いた時に、はじめて相手の気持ちがわかるのです。

目というたとえ ── 心のデリケートな部分

「目と梁」「目とちり」というたとえは大変示唆に富んでいます。 目というのは体の中で最も敏感でデリケートで壊れやすい部分です。 そのため、何よりもまず目を守ろうとします。

この目は何をたとえているかというと、**「心」**です。 私たちの心の中にある丸太、相手の心の中のちりに触れるというのは、ものすごくデリケートなことなのです。

例えば、目にゴミが入ったとき、知らない人には「取ってください」とは言いません。 信頼している相手にだからこそ、目に触れてもらえるのです。 どうやって信頼を勝ち取るか。それが「まず自分の目から梁を取り除く」ということです。 「僕が悪かった」「私が悪かった」「ごめんね」と言えること。

このように私たちが人格的に変えられていくこと、心が砕かれて自分の罪を認めて変わっていくこと、そのような人格の変化は、クリスチャン的に言えば聖化の歩みです。 私たちがきよめられていく歩みをすることによって、はじめて奥さんや旦那さんは「この人は信頼できる」と思えるようになります。 「この人は私を責めているんじゃない。自分自身の罪を、自分の心をしっかりと見つめて変わっていく人なんだ。だから、私はあなたを信頼できる」と。

そうなってくると、自分の問題もはっきり見えて解決されていきます。 目がはっきり見えるようになって、相手の目、相手の心にそっと触れることができるようになる。 相手も「この人になら目に触れてもらってもいい」と思えるようになるのです。

このような信頼関係を築いていくことが、夫婦関係の修復にとってだけでなく、夫婦関係が健全な関係として生涯続くために、どうしても必要なことなのです。

まとめ ── 夫婦関係修復の3つの鍵

夫婦関係修復の鍵は、次の3つの点をしっかりと心に留めることにあります。

ポイント① 自分が見えない私たち 聖書の言葉という鏡を通して、自分は罪深い自己中心的な人間なのだということをまず認めること。

ポイント② 相手ばかり見える私たち 相手の欠点が大きく見えて良いところが見えない、自分に甘く相手に厳しいという自分の罪深さを理解すること。

ポイント③ 自分が変われば相手も変わる まず自分の目から梁を取り除くという下ごしらえなしに、夫婦関係の改善はないことを認識すること。

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筆者プロフィール

日向 陽一
日向 陽一ひゅうが よういち
夫婦関係修復カウンセラー。
2010年から500組以上の夫婦の相談、離婚の危機にあるご夫婦のカウンセリングを手がける。聖書を基盤とした本質的な夫婦関係修復法を提供し、多くの夫婦の関係再構築を支援している。