気づけば夫婦の会話がほとんどなくなり、相手の顔を見るだけでイライラする。
「もうこの関係は無理かもしれない」と感じているあなたへ。
実は、離婚危機に陥る夫婦には3つの共通するパターンがあります。
私はこれまで500組以上のご夫婦のご相談を受ける中で、この3つの落とし穴がどんな性格の方にも共通して現れることを見てきました。
本記事では、聖書に出てくる「良きサマリア人」のストーリーから、その3つのパターンと関係修復のヒントをお伝えします。
目次
離婚危機を招く3つの共通パターンとは
夫婦関係が危機に陥るとき、そこには必ず共通するパターンが存在します。
まず、その3つのパターンをご紹介しましょう。
パターン①:相手の痛みに目を留められない
自分のことでいっぱいいっぱいになってしまい、相手の苦しみが見えない状態です。
パターン②:自分の痛みばかりに囚われてしまう
「私の方が大変だ」「分かってほしい」と相手に甘えてしまっている状態です。
パターン③:自分の正しさを手放せない
「私の考え方が普通なんだ」「あなたの方がおかしいじゃないか」というふうに、自分の価値観を握りしめて手放せない状態です。
相手が悪い、私の考え方が普通なんだと思い込んでしまう。
これらのパターンについて、聖書の物語から詳しく見ていきましょう。
良きサマリア人のたとえ|ルカの福音書10章30-35節
聖書のルカの福音書10章30節から35節には、次のような物語が記されています。
イエスは答えられた。「ある人が、エルサレムからエリコへ下って行ったが、強盗に襲われた。強盗たちはその人の着ている物をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。
たまたま祭司が一人、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
同じようにレビ人も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
ところが、旅をしていた一人のサマリア人は、その人のところに来ると、見てかわいそうに思った。
そして近寄って、傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで包帯をし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行って介抱した。
次の日、彼はデナリ二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。「介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。」
この物語には、夫婦関係の危機を乗り越えるための重要な教訓が隠されています。
パターン①:相手の痛みに目を留められない
半殺しの人を見ても通り過ぎた祭司とレビ人
この物語では、半殺しになって放っておいたら死んでしまう一人の人が倒れています。
そこに2人の人、祭司とレビ人が通りかかります。
彼らはこの半殺しになっている人を見たのです。
見たけれど、道の反対側を通り過ぎていきました。
私たちがこれを見ると、「なんてひどい人たちなんだ」と思うでしょう。
しかし、私たちも夫婦関係の中で、これと同じようなことをしている可能性があるのです。
なぜ通り過ぎてしまうのか
聖書には、このレビ人と祭司がなぜ通り過ぎたのかは書かれていません。
しかし、人が苦しんでいる、配偶者が苦しんでいるのに素通りしてしまうとしたら、何が理由なのでしょうか。
彼らが通り過ぎた理由として考えられることは、自分の考え事、自分の心配事、自分のトラブルでいっぱいいっぱいで、見えるんだけど見えないという状態です。
見ているんだけど、その苦しみを感じられないのです。
夫婦関係における「見えない」状態
例えば、こんな状況が考えられます。
「私は子育てで大変なの」
「私は仕事もしながら子育てしているんだから、あなたはもっと助けてよ」
このように自分のことでいっぱいいっぱいで、自分は大変だと思い、全く相手の苦しみが見えないということがあり得るのです。
一緒に暮らしているのに、相手が仕事で苦しんでいる、人間関係で苦しんでいる、健康上の問題で苦しんでいる、そういうことが見えなくなってしまうことがあります。
人生は苦しみに満ちている
私たちの人生は、一般的な意味で言えば、苦しみに満ちています。
だから、自分も苦しいんだけれど、相手もいろんな苦しみや重荷を抱えているということを、私たちは理解する必要があります。
よく、全く悩みがないように見える人がいます。
私もそういうふうに思われやすいのですが、こういうふうに聞かれます。
「あなたは全く悩みなさそうですね。あなたなんか悩みないでしょう」と。
しかし、絶対に悩みはあるのです。
人間はみんな苦しみの中で生きています。
聖書から理解すれば、罪の苦しみ、自分の罪の苦しみ、周りの人の罪の苦しみ、そういう苦しみの中で生きているのです。
相手の痛みに目を留める
だから、相手の痛みに目を留めることが大切です。
相手も何か苦しいことがあるんじゃないか。
私だけじゃない、苦しいのはみんな生きていれば苦しいんだということを理解することが大事なのです。
そうすると相手の苦しみが見えてきます。
そうしたら、そこに寄り添っていくことができるようになります。
ちょうどこのサマリア人のように、彼は見てかわいそうに思ったのです。
「あ、苦しいだろうな」と思ったわけです。
相手の痛みに目を留めたのです。
これが1点目です。
パターン②:自分の痛みばかりに囚われてしまう
「私の方が大変」という甘え
2点目のパターンは、自分の痛みばかりにとらわれてしまうというものです。
これは1点目と重なっているようですが、ここに「甘え」が出てくるのです。
「あなたの大変さよりも私の大変さの方が大きいのよ」ということです。
このレビ人、祭司に例えて言えば、こう考えていたかもしれません。
「私はもっと大事な仕事がある」
「私は神殿で奉仕しなければならない」
「そのようなことに関わり合っている暇はない」
どっちが大事かということを考えているんです。
「私の方が大変なので、分かってよ」
「ごめん、あなたが大変なのは分かるんだけど、私の仕事の方が大事なんだよ」
「私のこの問題の方が大事なんで、それを分かってよ」と。
夫婦関係における甘え
これが夫婦の関係になると、どうしても甘えや支えてほしいという気持ちが出てきます。
「分かるでしょ、私が大変なんだ」
そういう気持ちになってしまうのです。
そうなると、先ほどと重なってきますが、相手の苦しみが分からなくなってしまいます。
自分の思いばかりを優先してしまって、「分かってくれるよね」「赦してくれるよね」ということで、相手が傷ついていることはある程度感じているんだけど、そのまま生活を続けてしまう。
そうなると、だんだん相手が感じ始めます。
妻であれば「私のことなんかどうでもいいのね」
夫であれば「俺のことなんか大事じゃないんだ」
このように感じてしまうのです。
具体的な例
例えば、子育て中の妻が忙しくて大変で、こう言ってしまう。
「もうあなたのことなんか面倒見てらんない」
「分かってよ、私の方が大変なの、分かってよ」
そして、夫をある意味ないがしろにしてしまう。
夫の場合であれば、こう甘えてしまう。
「いや、俺の仕事のプレッシャー分かるでしょ」
「家事なんか手伝えないよ」
「子どもは君が仕事していないんだから君がやってくれよ」
見えない負担が積み重なっていく
こういうふうに、見えない重荷や負担がどんどん積み重なっていきます。
相手が我慢する。
「しょうがないな」と最初は言ったりするんですけど、言っても伝わらない。
それがどんどん続いていくと、だんだん不満や苦々しい心になっていきます。
それが溜まっていって、コップに水が溜まって溢れるように、「いやもう嫌だ」「もうあなたとはやっていけない」「離婚してください」となっていくのです。
だから、小さいことが重なっていく、自分のことばかり考えてしまうと、ここにとらわれてしまうということがあるのです。
夫婦問題の本質は「自己中心」
ここで一つ、皆さんにお伝えしたいことがあります。
夫婦の関係の問題は、実際には私たちの自己中心の問題なのです。
考え方が自分中心になっているということです。
ですから、このパターンを理解して行動を変えようとしても、自分の考え方が変わらないと、どこまで行っても対症療法になってしまいます。
頭が痛いのでバファリンを飲む、痛み止めのような感じです。
根本的に私たち自身の考え方が変わらないと、私たち自身が変わらないと、夫婦関係は良くなりません。
パターン③:自分の正しさを手放せない
相手が悪い、自分が正しいと思い込む
3つ目のパターンは、自分の正しさを手放せないということです。
「相手が悪いんだ」「自分の方が普通なんだ」と思い込んでしまうのです。
レビ人と祭司のところで言えば、こう考えていたかもしれません。
「こんなところで一人で旅行している方が悪いんだよ」
「僕は悪くないよ」
「僕は自分の忙しさがある」
「僕は正しい仕事をしているんだから」
「君がこういう無防備で旅行している方が悪いんだから」
「私の方が正しいので申し訳ないけれど、君は自業自得なんだ」
自分の考え方が「普通」だと思い込む
私たちは、先ほども話しましたが、自己中心なので自分の考え方が普通だと思うんです。
だから、
「私がこんな大変な思いをしているんだから、手伝ってくれるのは当たり前でしょ」
「普通の旦那さん、他の旦那さんもみんなこういうふうにやっている」
「私の友達もみんな助けてくれている」
と、このように、自分が思う「普通」がスタンダードだと思い込むわけです。
夫の場合であれば、こう考えます。
「本当なんかいつもイライラしていて」
「他のお母さんなんかもっと明るいよ」
このように、自分の理想を相手に押し付けてしまうということがあるのです。
夫婦喧嘩の本質
ですので、夫婦喧嘩とは何なのかというと、結局は次のことです。
「あなたが間違っていますよ」
「僕が正しいですよ」
「私が正しいですよ」
「あなたが間違っているんですよ」
ということを認めさせようとしているのです。
私たちは自分の正しさをしっかりと握って、絶対に手放しません。
謝ったら負け、ぐらいの気持ちです。
それでは、寄り添うことができません。
寄り添うためには自分の正しさを脇に置く
相手は痛みを抱えています。
だから、自分の考え方を一回脇に置いて、相手の気持ちになるのです。
このサマリア人はかわいそうに思いました。
このサマリア人は、半殺しになった人に対して「自業自得」とは全然思っていないわけです。
何とかして助けてあげたいと思って寄り添っているのです。
夫婦関係への適用
これを夫婦関係に当てはめたらどういうことでしょうか。
これは、ぜひお子さんがいらっしゃる夫の皆さんにやっていただきたいのですが、土曜日1日、妻にお休みをあげて、自分が子育てをやってみてください。
やってみると、「うわ、もうこれ本当に仕事の方が全然楽だわ」と感じるはずです。
私も経験がありますが、会議で営業部長から責められることの方が楽だなと思いました。
私はマーケティングの仕事をしていて、よく会議でやり玉に挙がっていましたが、「いやもうこれ本当に子ども、半日でギブアップする」と感じたものです。
あるいは、
夫の仕事の大変さ、いろんな人間関係の悩み、そういうものを聞いてみてください。
「どういう気持ちなんだろう」
「ちょっとどういう感じか話してくれない」
「もっと分かりたいから」
一回自分の思いを脇に置いて、相手の気持ちを理解しようとするのです。
そうやって、相手に寄り添うのです。
サマリア人の行動から学ぶ|相手に寄り添うステップ
ここからは、サマリア人の行動をもう少し詳しく見ていきましょう。
見て心を動かす
33節にはこうあります。
ところが、旅をしていた一人のサマリア人は、その人のところに来ると、見てかわいそうに思った。
他の2人、祭司とレビ人は「見ると反対側を通り過ぎる」と書かれています。
しかし、サマリア人は「見てかわいそうに思った」のです。
これはどういうことかというと、見て心が動いたということです。
相手の苦しみを見て、相手の状態を見て、かわいそうに思う。
そのような見方をしたということです。
祭司とレビ人はそういう見方をしませんでした。
だから、私たちが目に映るものをどのように心でとらえるかということを聖書は教えているのです。
近寄る
「そして近寄って」とあります。
だから、見て心が動かないと、近寄ること、寄り添うことができません。
私たちの心が忙しさや自分の思いでいっぱいいっぱいになっていると、心が動かないのです。
心が固くなってしまう、冷たくなってしまいます。
だから、私たちが常に愛せるということは、自分を脇に置いて相手を見るということです。
そして、見て心が動かされるということ。
そして、さらに近寄っていくということ。
これが最初のステップなのだということが分かります。
傷にそっと触れる
34節にはこうあります。
そして近寄って、傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで包帯をし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行って介抱した。
これはどういうことでしょうか。
近寄ると、その傷が半殺しの状態で、出血多量みたいな感じで大変なことになっているわけです。
頭にも多分血がべっとりついているような状態です。
そうすると、近寄っていくと、本当にその痛みが自分のことかのように感じるようになります。
そして、オリーブ油とぶどう酒というのは、今だと料理のレシピのようですが、当時はこれが薬品として用いられていたのです。
だから、薬で手当てをする。そして包帯をする。
このようにそっと相手の傷に触れることができるようになるのです。
すべてを投げ打って介抱する
「自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行って介抱した」とあります。
もうこのサマリア人の優先順位は完全にひっくり返ってしまいました。
彼は旅をしていましたので、どこか行くところがあったはずです。
でも、全部それが吹っ飛んでしまったのです。
このように、傷ついてしまった夫婦関係を回復するためには、もう全部を投げ打って相手との関係を修復するということが必要になってきます。
あなたがこの記事を読んでいるということは、夫婦の関係で痛みがある、離婚の危機があるということだと思います。
それを修復するためには、全力で、絶対に後悔しないように修復に当たる必要があります。
心も体も時間も労力も用いて、そこに取り組む必要があるのです。
自分自身を相手に与える
35節を見てみましょう。
次の日、彼はデナリ二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。「介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。」
「次の日」とありますので、一晩中介抱していたということが分かります。
放っておいたら死にますので。
だから、睡眠時間も削っているということです。
そして、デナリ二枚を取り出しました。
これは今のお金でいうと大体2万円ぐらいです。
2万円を宿屋の主人に渡して、「介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います」と言ったのです。
つまり、2万円を渡して未然に行っているわけです。
また帰りに寄って、彼が必要としただけの費用を払うと約束しています。
これはどういうことかというと、自分自身を与えるということです。
自分自身を相手に与える。
それが夫婦関係が健全であるために必要なことなのです。
それは難しいことです。
私たちはみんな罪人です。
私も罪人です。
あなたも罪人なのです。
だから、私たちはこのように聖書から神様の愛を知り、愛するとはどういうことか学ぶ必要があります。
それを学んで実行したときに、初めて夫婦の関係が回復していくのです。
まとめ|あなたの夫婦にも希望がある
今回は、離婚危機に陥る夫婦の3つの共通パターンについてお話ししました。
もう一度、3つのパターンを確認しましょう。
3つの共通パターン
①相手の痛みに目を留められない
自分のことでいっぱいいっぱいになってしまう。
②自分の痛みばかりに囚われてしまう
私の方が大変なんだと言って甘えてしまう。
③自分の正しさを手放せない
自分の方が普通なんだとその基準を手放せない。
あなたの夫婦にも希望がある
でも、あなたが本気で変わりたいと願っているならば、そしてあなたが本気ですべてを捨てて相手を愛したい、この夫婦の関係を修復するためにどんなことでもしたいと思われるなら、そのご夫婦の関係には希望があります。
ぜひ、聖書から学んでいただいて、ご夫婦が幸せな関係になることを心から願っています。
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筆者プロフィール

- ひゅうが よういち
-
夫婦関係修復カウンセラー。
2010年から500組以上の夫婦の相談、離婚の危機にあるご夫婦のカウンセリングを手がける。聖書を基盤とした本質的な夫婦関係修復法を提供し、多くの夫婦の関係再構築を支援している。
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