夫婦関係がつらい本当の理由とは?500組以上を支援したカウンセラーが聖書から解説する修復の鍵

Text_ _My Marriage relation ship is painful

もう限界かもしれない、離婚を切り出された、別居状態にある――そんな夫婦関係の危機は、実は表面的な問題ではなく、心の奥深くにある根本的な原因から生まれています。

500組以上のご夫婦の相談を受けてきた夫婦関係修復カウンセラーが、心の溝が生まれる本当の仕組みと、関係を変えるための具体的な方法を聖書の言葉から解説します。


はじめに:この記事はどんな方のためのものか

もしあなたが、もうこの夫婦関係は無理かもしれないと感じているなら。

もしくは、離婚したいと言われてしまったなら。

奥さん、旦那さんがもう出て行ってしまって別居状態になっているなら。

そういう状態であれば、この記事はあなたのためのものです。

夫婦関係が悪化するには必ず理由があります。

しかしその理由は、あなたが悪い、もしくは相手が悪い、そういう単純なものではありません。

多くの場合、表には見えない心の在り方が静かに積み重なって、気づいた時にはもう埋めることができない大きな溝になってしまうのです。

今日は、そのように夫婦の心の溝が生まれる本当の原因について、500組以上のご夫婦の相談を受けてきた私が具体的に解説していきたいと思います。

あなたのご夫婦の状況を改善できるかどうかは、この心の仕組みを理解するところから始まっていきます。

いつものように3つの点でお話をしていきます。

1点目は内側の自己中心

2点目は心の衝突と溝

3点目は自分を捨てて愛する


聖書の言葉:ヤコブの手紙4章1節

今日も聖書の言葉から見ていきたいと思います。

ヤコブの手紙の4章1節をお読みします。

あなたがたの間の戦いや争いは、どこから出て来るのでしょうか。

ここから、すなわち、あなたがたのからだの中で戦う欲望から出て来るのではありませんか。

この言葉は、夫婦関係の問題の本質を鋭く指摘しています。


ポイント①:内側の自己中心

問題の根源は「自分の心の中」にある

この聖書の言葉が示している「ここから」とは、どこを指しているのでしょうか。

それは、自分の心の中、私たちの体の中なのです。

ご夫婦の関係がうまくいかないことの問題は、相手との関わりの中にあるのではなく、この心の中にあることが外側に出てきて問題を引き起こしているということになります。

「木が良ければ実が良い」という原則

イエス・キリストの言葉に、私が大好きな言葉の一つがあります。

よく引用する言葉ですが、「木が良ければ実が良い」という言葉です。

人生に当てはめて考えると、木というのは私たちの心です。

そして実というのは私たちの言動、言葉や行動です。

この言葉と行動の関わりの中で関係も築き上げられていきますので、関係というのも一つの実ということができるわけです。

「体の中で戦う欲望」とは何か

聖書には「体の中で戦う欲望から出て来る」と書いてあります。

体の中というのは心の中のことですね。

この「戦う」というのが戦闘状態にあるという言葉なのです。

もともとのギリシャ語はそういう意味です。

そして「欲望」とは、自己中心的な満足への深い執着というふうに理解することができる言葉なのです。

欲望とは、何かを欲しがるというよりは、自己中心的に自分が満たされたいということです。

相手よりも自分を優先するということですね。

アメリカファーストと言っている大統領がいますが、Me Firstというか、私が、私の思い、私の気持ち、私のニーズというのを握って離さないという状態なのです。

深い執着です。

それを握りながら、戦闘状態ですので、ファイティングポーズというか、自分が満たされるためだったら、ある意味相手を説得したいとか、相手に分からせたいとか、そういうような攻撃的な状態になってしまうということなのです。

お互いが自己中心であるという現実

これをもうちょっと深掘りして考えると、どういうことかというと、ご夫婦の関係の中でたくさん私たちは傷ついていくわけです。

これはあなたが自己中心というだけではなく、相手も自己中心なのです。

聖書は、「義人はいない。一人もいない。すべての人が罪を犯した」というふうに書いてあります。

私もそうです。

こういうことを話していますが、私もそうです。

私も自己中心的な人間なのです。

相手も自己中心的、あなたも自己中心的、相手も自己中心的なので、そこから問題が出てくるのです。

心の底の根本的な在り方、人格の深いところから問題というのは出てくるのです。

これを理解することが大事なのです。

自分の基準を「当たり前」だと思ってしまう

なぜこれを理解することが大事かというと、多くの場合私たちは相手のせいだと思うからです。

自分の中には問題はないのだと。

私の考え方は普通でしょと。

奥さんだったらこう思うのは当たり前でしょと。

男だったらこういうふうに願うのが当たり前じゃないかと。

自分のことが、自分の願いが当たり前でスタンダードになってしまうのです。

それがお互いに自己中心ですので、それが二人寄ったら、全く違う基準、全く違う立場から考えを持っていますので、そこから問題が発生してくるということなのです。


ポイント②:心の衝突と溝

それを理解した上で、では何が起こっているのでしょうか。

心の衝突と溝ということについて見ていきましょう。

聖書の「あなたがたの間の戦いや争いはどこから来るのでしょうか」という最初の文ですが、この戦いとか争いは、先ほど言ったように心の中から来ます。

「戦い」:長期的な対立構造

この「戦い」という言葉は、戦争とか長期的な対立というのを意味します。

つまり夫婦の関係というのは、いつも摩擦があるのです。

そしていつも長期的に、自分か相手か。

「あなたばっかりいいわね」

「私ばっかり損している」

「俺ばっかり我慢している」

「俺は仕事で頑張っている」

このように、ずっと敵対関係のような状態ですね。

戦争中の国と国を考えていただければいいと思うのですが、基本的なスタンスがそういう関わりになってしまうのです。

だからあなたが得すると私が損するような、このギブアンドテイクというかゼロサムのような感じで、あなたがいい思いして私は損する、私が傷ついてあなただけが幸せだ、という状態になってしまうのです。

それをお互いに思っていますので、その対立構造というのが出てきてしまうわけです。

「争い」:繰り返される衝突

「争い」というのは、口論とか小競り合いとか衝突ですので、その戦争中の国と国が前線に出てきて、戦いを交えるようなものです。

だから口論とか衝突があったときにどういうふうになるかというと、仲直りできないのです。

「またかよ」という感じで、そしてまた離れていく。

どちらが勝ってもどちらが負けても、実は両方とも負けているわけです。

「言ってやったよ」という感じの状態なのですが、でも相手は傷ついて我慢している状態です。

積み重なる疲労と不満

こういう状態がどんどん積み重なっていくと、もう聞く耳が持てなくなってくるのです、相手に対して。

だから話し合いをするたびに、口論をするたびに、夫婦喧嘩をするたびに、ものすごいエネルギーを使って、そして疲れ果てていくのです。

先ほど言ったように、片方が勝っているように見えるのです。

だけどもう片方はずっと我慢していますので、不満が溜まっていくわけです。

その不満がだんだんコップの水が溜まっていって溢れかえるようになって、「いやもう別れたい」とか、「いやもう一緒にいられない」、「もうあなたと一緒にいると体調悪くなっちゃう」ということを言われて出て行ってしまうということがあるわけです。

あなたの今の状態の背景

ですので、あなたが今いらっしゃる状態というのは、そういうのがライフスタイルというかパターンとして常に対立していて、触れるたびにどちらかが傷ついていく、もしくはお互いに傷ついていくという状態にあるのです。

この、もう希望を持てないとか、離婚してくださいと言われてしまうとか、出て行ってしまうという状態になるわけなのです。

だからこの対立、そして対立する小競り合いが出てくる、その問題は心の中なのだということなのです。


なぜ心理学やコミュニケーションスキルが根本解決にならないのか

なぜ心理学とかコミュニケーションスキルが役に立たないかというと、この心の中の自己中心を根本的に取り扱えないのです。

カウンセリングは罪を指摘してはいけないのです。

心理カウンセリングというのはクライアントの罪を指摘できないのです。

なぜなら全肯定しないといけないので、自己肯定感を上げていかないといけないので、「あなたはそのままでいいんですよ」「自分自身抱きしめてあげてください」「あなたかわいそうでしたね」ということをセラピーとしてやっていくわけです。

私はこれをすごく見下しているわけではなく、その心理カウンセリングの限界のお話をしています。

ですが、この神様の言葉である聖書というのは、人の心の根本的な問題を指摘するわけです。

聖書は自分自身を照らす鏡

これはどういうことかというと、こういう話をしながら、私はなんか責めているわけではなく、私は自分自身が照らされるわけです。

聖書というのは相手の悪いところを指摘するのではなく、自分自身の姿というのを照らしてくれるのです。

だから、ああ自分本当に悪かったなって、自分が変わらなければこの関係は変わらないんだなということがよくわかるわけです。

和解のためには武器を捨てる必要がある

同時に、この対立関係にある場合、さきほどのファイティングポーズと言いましたが、ファイティングポーズをしている限りは和解できません

自分がではどうしなければいけないのか。

「私、このファイティングポーズを失ったらボコボコにされちゃう」と思うかもしれないのですが、聖書はこういうふうに言うのです。

「右の頬を打たれたら左の頬を向けなさい」と言うのです。

そんなことできるかと思うと思うのですが、根本的な解決策というのはこの武器を投げ出すことなのです。

それが何かというと、次のポイントでお話ししていきますが、自分を捨てて愛するということになります。


夫婦関係修復の動画講座のご案内

次のポイントに移る前に、私が提供している動画講座のご案内をしたいと思います。

なぜかというと、この自分の心のこととかというのは自分ではわからないので、それを教えてもらう必要があるわけです。

このような対立構造があると、あなたは本当に疲れ果ててしまって、もう無理かもしれないとか、どうしていいかわからないということがあると思うのですが、そういう方はぜひ私の有料の動画講座をチェックしていただきたいと思います。

私のカウンセリングには、そういう方々がもう途方に暮れて、どうしていいかわからない、奥さんが出て行ってしまった、旦那さんが出て行ってしまった、離婚したいと言われてしまった、離婚調停になってしまった、という方々が来られます。

そういう方々を、先ほども言いましたが、500組以上の方々を、この過去15年間サポートさせていただいてきています

実は今、ご相談の方が多すぎて、カウンセリングに申し込んでも1ヶ月待ちの状態なのです。

それはある意味私としては感謝なことなのですが、私の体が1個しかないので、カウンセリングができないため、動画講座というのを用意しています。

私がカウンセリングの中でお話している内容を、その動画講座で、実は6時間の動画講座なのですが、そこでお話していますので、興味のある方はこちらのページをご覧ください。

無料で視聴できるプレビューもありますので、ぜひご覧いただきたいと思います。


ポイント③:自分を捨てて愛する

では次に、ではどうしたらいいのか、先ほどの武器を投げ出すというところ、ではどうしたらいいのかということをお話ししたいと思います。

自分を捨てて愛するということです。

自然な心の在り方ではできないこと

この自分を捨てるということは、私たちの自然な心の在り方ではできません

ですが、この1番目のポイント、2番目のポイントで、気付くわけです。

なぜ喧嘩になるのか、なぜこんな状態なのかというと、自分の中の問題、自己中心的な問題だと分かったら、これを続けていたら、例えばあなたが別の人と、今のご主人、奥さんと別れて別の人と結婚しても、同じことが起こるのです。

なぜかというと、中の問題なので。

相手も問題がありますが、自分の中の問題なのです。

あなたが変わる必要がある理由

あなたは離婚したいと言われた、もしくは奥さん旦那さんが出て行ってしまった。

あなたは離婚したくないと思っているわけではないですか。

ということは、あなたはある意味幸せだったのです、今までの夫婦関係の中で。

だけど出て行ってしまった奥さん、旦那さん、離婚したいと言わざるを得ない状況になっている旦那さん、奥さん、というのは、あなたの自己中心によって、もうあなたと一緒に生きていきたくないと思っているのです。

だから、夫婦関係修復の鍵はどこかというと、自分が変わることなのです。

根本が自己中心であるならば、それを一旦脇に置く必要があるのです。

聖書が示す逆説的な真理

聖書はこういうふうに言います。

自分の命を愛する人は、それを失う。

そして、それを憎む者は、自分の命を得るのである。

これは、聖書の有名な、非常に中心的なメッセージなのですが、私たちは自己中心でいると、自分を可愛がっていると、自分にとっては良いようなのですが、その罪が私たちを滅ぼしてしまいます。

その自己中心を捨てて、誰かを愛することによって、私たちは本当に生きることができるということなのです。

本当の幸せとは何か

私たちの人生を考えたときに、一番豊かな人生というのは、愛し合う関係を持っている人生だと思うのです。

私はクリスチャンですので、神様と愛し合うことが、人間の一番の幸せだと信じています。

そして同時に、神様と愛し合うだけではなく、神様が与えてくださった家族と、友人と、周りの人たちと、愛し合って生きるということが、本当の幸せだと、皆さんもそう思われると思うのです。

そのためには、自分を捨てないと、自分を愛すること、その悪い意味での自分を愛することというのを捨てないといけないのです。

この自分の罪が分かったら、自分の自己中心が分かったら、それを捨てていくということなのです。


具体例:日常の小さな選択が関係を変える

朝の掃除をめぐる出来事

ものすごく簡単な例をお話しします。

私の家内は、音にすごく敏感なのです。

しかも寝ているときに、音がすると目が覚めてしまいます。

睡眠障害とまではいかないですが、すごく敏感なのです。

今朝も実は、私が6時半ぐらいから、部屋の掃除をしているのです。

家内は7時に起きるルーティンなので、だから朝早くからガタガタしない、ということはあるのですが、家内がいつも言っているのは、6時半以降だったら音を出してもいいよ、と言ってくれているのです。

今朝、家内に「ガタガタ掃除してたけど、何時だったの?」と聞かれたのです。

私の正直な心

私の正直な心を言いますね。

どういう心かというと、またうるさいなと思ったわけです、それを言われて。

これ私の罪です。

「6時15分頃だった?とか、6時半過ぎてた?」ということを言われて、なんかもうこういう話し合いしたくないな、と思ったのです、私は。

自分を捨てる選択

だけどそこで私が、どうやって自分を捨てたか話しますね。

でも彼女にとってはやっぱりちゃんと寝ないと。

しかも前日とかも、ちょっとしばらくいろいろ興奮して、いろいろな人と話したりして、いろいろ考え事があって、寝られなかったと聞いていたのです。

彼女にとって、静かにしてもらう、自分の安眠を妨げられないということはすごく大事なことなんだ、と思ったのです。

自分はこれを聞いて面倒くさいな、と思うけど、でも、私がその面倒くさいことをいい加減に聞く、「あー分かった分かった」という感じで、早く話を終わらせよう、という感じじゃなくて。

だから「6時半はOKだよね」と確認しました。

私、7時に、これまたどうでもいいことかもしれないですが、7時に洗濯機を回すのが、私の役割なのです。

洗濯機は早い時間でもいいよと言われて、でも部屋の掃除は6時半以降にしてねと言われたのです。

相手の立場に立つということ

その時に私がすごく思ったことは、ああすごく彼女も頑張って、その早い時間から、私は早起きなので、なるべく私に合わせようとしてくれているな、ということも感じたのです。

彼女の立場に立って考えれば、いろんなことが分かってくるというか、なんかうるさいなというよりも、この人にとってこれ大事なんだなって。

「あ、分かった。では気を付けるね」

「ごめんね」と言うことが大事だなということを思ったのです。

実際には6時半は過ぎてました。

だから別になんか言われることじゃないのですが、でも大事なことは、彼女にとって、あれ6時半過ぎてたのか、6時半過ぎてなかったのか、ということも大事だということなのです。

私が彼女のその、なんて言うのでしょう、気持ちを理解して、彼女を優先しているというか、大事にしているということが大事なことなので。


夫婦関係は日々の小さな選択の積み重ね

これ、私は夫婦カウンセラーではないですか。

15年やってきて、500組以上の夫婦関係をやっているのですが、でもそれでもまだ自分の中のこの戦い、この欲望のようなものがあるわけです。

これを26年間ずっとやっているわけです、夫婦として。

こういうなんか葛藤、自分の心の中の葛藤ですよ。

家内との葛藤ではないですよ。

自分の心の中でまずこういうことが出てくる。

そして自分はそういう人間なんだということを理解する。

そして夫婦の関係において、常に自分か相手か、愛するか罪かということを常に問われていくのです。

基本的なスタンスを変える

こういう小さいことの小競り合いというか、先ほどの争いですよね。

そして基本的なこの、さきほどの戦いという対立姿勢。

それを捨てて基本的に相手に寄り添おうとすること

そして一個一個のその寄り添いによって、基本的なスタンスというのが、相手も自分の思っていることを言える。

そして言っても否定されない。

そして受け入れてもらってお互いに歩み寄っていく。

これを今まで26年間続けてきたので、今朝これができるのです。

小さなことの積み重ねが関係を作る

それを、小さな、めちゃめちゃ小さいことではないですか。

聞いていて「何あの深刻な話してるのになんでそんなくだらないこと言っているの」と思ったかもしれないですね。

でもこのものすごくどうでもいいようなことが積み重なって、私たちの関係はできていくのです。

あなたに考えていただきたいこと

だから、あなたに考えていただきたいことは、自分自身を捨てて誰かを愛するということが具体的にはどういうことなのかです。

もしかしたら相手の話を、かぶせてなんか言うのではなく、相手が話を終わるまで最後まで聞くということかもしれません。

もしくは今もう別居状態になってしまったのであれば、どんなふうにして自分は相手を傷つけてしまったのかなということを振り返ることかもしれません。

そういうことを、自分を捨てて愛するということがチョイスなので、これ聖書的には悔い改めと言うのですが、自分の罪を捨てて愛するということです。

それをやる決心をしていくということです。


おわりに:決心した人の実例

そのような決心をした人のお話を、こちらの動画で話していますので、ぜひご覧いただきたいです。

なぜなら彼女は私のあるクライアントさんですが、自分を捨てて愛するということをすることによって、出て行ってしまったご主人が90日後に帰ってきましたので。


関連リンク

夫婦関係修復のための5つの具体的なステップ:無料動画講座を受け取る  https://lin.ee/C7sq8Ef

有料動画講座(6時間) https://4726.teachable.com/p/5

夫婦関係修復カウンセラー日向陽一のプロフィール https://shiawasekazoku.com/profile-2/

夫婦関係修復カウンセラー日向陽一の通う港北ニュータウン聖書バプテスト教会  https://www.kntbbc.org/

相談しづらい、ご自身で学び解決したい
という方向けのオンライン動画講座です
※今ならZoomカウンセリング1時間付き(ご希望の方のみ)
  • 動画講座の無料プレビューを見てみる ※ご購入後30日間返金保証

筆者プロフィール

日向 陽一
日向 陽一ひゅうが よういち
夫婦関係修復カウンセラー。
2010年から500組以上の夫婦の相談、離婚の危機にあるご夫婦のカウンセリングを手がける。聖書を基盤とした本質的な夫婦関係修復法を提供し、多くの夫婦の関係再構築を支援している。