
目次
はじめに:多くの女性が抱える夫への複雑な感情
ご主人のことが大好きだったのに、今では嫌いになってしまいそうになった。
今はもう嫌になってしまった。
でもどうしたらよいか分からない。
このような悩みを抱えた奥様方は、実はこの世界にたくさんいらっしゃいます。
皆さんお一人ではありません。
Googleという検索エンジンの月間検索数データによると、「夫が嫌い」というキーワードは月間2,320回検索されています。
「旦那が嫌い」というキーワードは6,408回検索されています。
合わせると8,800人が毎月毎月、女性が「旦那が嫌い」「夫が嫌い」と検索していることになります。

これは実は深刻なことです。
そうですよね。一緒に生活しているご主人のことが嫌いになってしまうのですから。
私はそういった方々の夫婦問題のご相談を受けています。
調査会社が行った既婚女性1,000人でのアンケートでは、21%、つまり5人に1人以上が、旦那さんが嫌いですと答えました。
具体的なコメントとして、
「年々偉そうになっている」(奈良県の女性49歳)、
「私が病気になった時の対応」(福岡県女性46歳)、
「いつも自分は悪くないという主張」(新潟県54歳の女性)、
「不倫」(埼玉県の女性34歳)、
「子供が生まれて育児が大変だった時あまり支えてくれなかったこと」(東京都女性53歳)。
この53歳の女性が言っているということは、何十年もこれを覚えていることになります。
他にも「マザコン」(兵庫県女性46歳)、
「匂い」(神奈川県女性48歳)
といった理由が挙げられています。
不倫やドメスティックバイオレンスのような深刻な状況におられるご夫婦の場合、それは非常にデリケートなことですので、個別にカウンセリングが必要になります。そういう方のご相談は私が実際に仕事として受けさせていただいています。
このように、ご夫婦の関係で実は大変な思いをされている、もしくは大変な思いをされてきた女性というのはたくさんいらっしゃいます。

一方で、ずっと良い関係を持っている方もいらっしゃいます。
最近は新聞をとっている方も少ないかもしれないですが、朝日新聞の「声」というコラムをご存じでしょうか。
読者投稿のところです。
ある時「7日間」というタイトルの詩が掲載され、それがSNSでバズったという話があります。
神様お願い この病室から抜け出して
七日間の元気な時間をください
一日目には台所に立って 料理をいっぱい作りたい
あなたが好きな餃子や肉味噌 カレーもシチューも冷凍しておくわ
二日目には趣味の手作り 作りかけの手織りのマフラー
ミシンも踏んでバッグやポーチ 心残りがないほどいっぱい作る
三日目にはお片付け 私の好きな古布や紅絹
どれも思いが詰まったものだけど どなたか貰ってくださいね
四日目には愛犬連れて あなたとドライブに行こう
少し寒いけど箱根がいいかな 思い出の公園手つなぎ歩く
五日目には子供や孫の 一年分の誕生会
ケーキもちゃんと11個買って プレゼントも用意しておくわ
六日目には友達集まって あこがれの女子会しましょ
お酒も少し飲みましょか そしてカラオケで十八番を歌うの
七日目にはあなたと二人きり 静かに部屋で過ごしましょ
大塚博堂のCDかけて ふたりの長いお話しましょう
神様お願い七日間が終わったら
私はあなたに手を執られながら
静かに静かに時の来るのを待つわ
静かに静かに時の来るのを待つわ
この投稿は、奥様をなくされたご主人が、
奥さんが「最後に7日間元気になれたらどうしたい」ということを病室で書き取ったものでした。
このように生涯連れ添い、感謝と共に最後の時を迎える。
そして亡くなった後も、思い出を大切に振り返っておられるご夫婦がいます。

この違いはどこにあるのでしょうか。
この難しい状況で、でもお互いに愛し合って、生涯その助け合う関係を築けるのはなぜでしょうか。
今日はそのことを考えたいと思います。
そして私が聖書カウンセリングの中でお話ししている内容を、分かりやすくお伝えしたいと思います。
まず最初に申し上げたいことは、聖書には私たち人間が直面するありとあらゆる問題への答えがあるということです。
今日は、聖書から3つのことについて夫婦関係を考えてみたいと思います。

1点目は、憧れの夫婦像です。
2点目は、苦しむ妻と夫です。
3点目は、回復する夫婦です。
この3つについてお話をしていきたいと思います。
憧れの夫婦像:神様が最初に設計された完璧な関係
聖書をお持ちの方は開いていただきたいのですが、創世記2章22節から25節をご覧ください。
アダムとエバについて聞いたことがある方もいらっしゃると思います。
アダムとイヴとも言います。
この創世記2章22節から25節は、エバが神様によって造られた時の話です。
最初に造られた男性がアダムで、その後に造られた最初の女性がエバです。
創世記2章22節から25節:
神である主は、人から取ったあばら骨を一人の女に造り上げ、その人のところに連れて来られた。
人は言った。「これこそ、ついに私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。男から取られたのだから。」
それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである。
そのとき、人とその妻はふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。
ここからいろいろなことをお話しできるのですが、今日確認したいことは、この最初の夫婦の完璧なハーモニーということです。

「そのとき、人とその妻はふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。」
この表現は、体においても心においても、霊的な魂においても、完全に開け放たれた、解放された信頼関係を表しています。
(聖書の最初の夫婦は)この時、まだ罪がない状態でした。
(罪についてはまた後で触れていきます。)
その時お互いに完全に受け入れ合って何も隠すことがない透明な関係だったのです。
皆さんはどうでしょうか。
ご主人に隠し事はありませんか。
へそくりがある方もいらっしゃるでしょう。
最初は、隠し事が何もなかったのです。
私が神学校の時の先生は、罪というのは隠すということと密接に結びついていることを教えてくれました。
(聖書の最初の夫婦は)この時は罪がありませんので、何を見られても何を知られても大丈夫な状態だったということです。

私の仕事は夫婦関係の悩みのご相談ですので、「誰にも言えない」ということがたくさんあります。
「これだけは誰にも言えないんですけど大丈夫ですか?」と守秘義務について聞かれる方もいらっしゃいます。
「大丈夫ですよ。警察から殺人事件などについて聞かれない限りは秘密をちゃんと守ります」とお伝えしています。
聖書の最初の夫婦は、
つまり完全な調和と完全な信頼関係があって、喜びと安心に満ちていたのです。
最初に確認したいことは、この憧れる夫婦関係、愛し合う関係に憧れるということは、私たち人間が造られた時に最初に神様が私たちに与えてくださるものなので、悪いことではないということです。
むしろ良いことなのです。
私たち生まれた時から、皆さんも小さな女の子だった時を思い出していただきたいのですが、憧れの王子様が白い馬に乗って私を迎えに来てくれるような、そういう憧れがあったのではないでしょうか。
少し古いかもしれませんが、そして「いつまでも幸せに暮らしました。めでたしめでたし」という憧れがあります。
それは神様がすべての女の子の心に置いているものです。
そして男の子もそうですが、男の子はその大切な女の子のために命をかけて僕が彼女を守るのだというような思いがあります。
それは良いことなのです。
愛し愛される夫婦の関係を願うことは、私たちが生まれながらに持っている憧れなのです。
私たちの自分の心をよく見ると、そういう憧れがあることが分かります。

旦那が嫌いということは、その夢がある意味破られているのです。
その夢、その憧れが苦しみを生み出しています。
憧れがなければ期待がなければ、そのがっかりもしません。
期待があるからがっかりするのです。
だけど、その期待自体は神様が私たちにくださっている、と言えます。
苦しむ妻と夫:なぜ夫婦関係にすれ違いが生まれるのか
それでは、なぜこうなってしまったのでしょうか。
8,800人が「夫が嫌い」ということを検索するような世の中になってしまったのはなぜでしょうか。
2番目のポイント「苦しむ妻と夫」について見ていきたいと思います。
先ほどの次の章、創世記3章16節です。
簡単にこの背景をお話しします。
この罪がない状態だった世界で、ある時人間が罪を犯してしまうのです。

何も隠さない、恥ずかしくない状態だったのに、この神様から隠れるようになってしまいます。
そこに神様に背いてしまった人間のところに神様が来るのです。
「あなたはどこにいるのか。」
そしてそこで神様と人間がやり取りをする会話が記録されています。
これは非常に興味深いことで、創世記3章に記録されています。
後で個人的に読んでいただきたいと思います。
神様に背いた人間に対して神様が言われたのが、この創世記3章16節です。
創世記3章16節には次のように書いてあります。
女にはこう言われた。「わたしは、あなたの苦しみとうめきを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。また、あなたは夫を恋い慕うが、彼はあなたを支配することになる。」
これは神様に背いてしまった人間の結果として、その罪の結果として生じる現実を語っているのです。
「こういう風になってしまうのだよ」と神様は言われたのです。
一つは、苦しみとうめきを大いに増すということになりました。
女性は基本的に非常に苦しい人生になってしまったのです。

その一つは子供を産むという「苦しんで子を産む」と書いてあります。
出産の経験がある皆さんも分かると思いますが、妊娠出産が大変だということもありますし、生まれた後はもう眠れないということもあります。その眠れない状態が終わったと思ったら子供が反抗するというようなことがあります。
いろいろな苦労があります。
子育てについて今回はメインのテーマではないので触れませんが、聖書はその現実についても語っています。
もちろん喜びもあります。
それは元々の神様の創造のみわざの中の憧れの部分になるので、それは喜びがあるのですが、苦労が多いのです。
そして夫婦の関係です。
こういう風に言うのです。
また、あなたは夫を恋い慕うが、彼はあなたを支配することになる。
どうでしょうか。
皆さん、自分の夫婦関係の現実を考えて、これを神様から自分が言われているとちょっと想像してください。
これはどういうことかというと、「恋い慕う」の元々の意味は急ぐとか熱望するということです。

強烈で抑えられない衝動や欲求を表しています。
単なる愛情を超えた、より強く複雑な感情です。
ここで女性にとって夫との関係というのが、どれほど心の大きな部分を占めるのかということが分かります。
熱望しているのです。
ここで逆接の接続詞「しかし」が使われています。
「あなたは夫を恋い慕う『が』」夫もあなたを恋い慕うのだったら悪くありません。
情熱的に愛し合うという感じです。
だけれどそうではありません。
「夫があなたを支配する」のです。

この「支配する」という言葉は、統治するとか治めるとも訳すことができる言葉です。
これは王様やその権力者が使う権威的な支配を表しています。
皆さんが結婚されているご主人がどういう人かによって、奥さんである皆さんに対して、どのように振る舞うかによって、その奥さんの心、皆さんの心と生活は非常に大きな影響を受けてしまうという構造を言っているわけです。
例えば、独裁者に支配された国は非常に辛い生活になってしまいます。
だけど心優しい王様に支配されていれば、その国のみんなは嬉しい生活ができます。
ですから女性の男性に対するある意味の依存、そして男性による支配という、この歪んだ関係が生まれるということがここで語られているのです。
何も隠さなくて良くて安心できた関係がガラッと変わってしまったのです。
ここは私のカウンセリングの中でも非常に重要な部分です。
夫たちは、奥さんに別れたいと言われてしまった夫たちはどういう風になるかというと、「自分は何も分からない。自分は幸せだと思っていたのに、奥さんがこんなに辛い思いをしても知らなかった」ということになったのです。
「もう私は離婚したい」と言われてしまったけれど、「ずっと幸せだと思っていた。自分は非常に幸せで、奥さんも幸せだと思っていた」のです。
だけどそれを言われて衝撃を受けます。
女性のこの辛さは男性には分からないのです。

この構造が分からないから、自分の態度で奥さんがすごい悲しい思いをしたりするということが分からないのです。
でも悪気はありません。
多くのご主人たちが言うのは、「仕事してお金を家に入れていればよいと思っていた」わけです。
だからガーンとショックを受けてしまうと思います。
だけど、男性の皆さんに説明しないといけないのは、奥さんがそれにずっと耐えてきたのが分からないということです。
それを説明しなければいけません。
では、なぜその夫がこの奥さんたちの辛さに気がつかないのかと思いませんか。
皆さん思いますよね。
「なぜ私の気持ちが分からないの?」と思ったことがある人はほぼすべての奥さんだと思います。
私のカウンセリングでも同じです。
この次のところを少し見ていきたいと思います。
17節から19節では、夫たちには神様は何と言われたでしょうか。
創世記3章17節から19節には次のように書かれています。
また、人に言われた。「あなたが妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、大地は、あなたのゆえにのろわれる。あなたは一生の間、苦しんでそこから食を得ることになる。
大地は、あなたに対して茨とあざみを生えさせ、あなたは野の草を食べる。
あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついにはその大地に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたは土のちりだから、土のちりに帰るのだ。」
これは全然夫婦関係のことや子育てのことなど何にも触れていません。
何かというと、「あなたの労働は苦しいものだ」と言っています。
「苦しんで食を得る」ということです。
アダムにとって本来は労働は喜びだったのです。
罪を犯す前ですが、この労働が苦しみとセットになってしまいました。

夫たちにとって最大の苦しみというのは夫婦の関係からではなくて、その働きからもたらされるということになっているのです。
奥さんたちにとって関係の痛みというのは常に心の中にあります。
でも、夫にとってはどうやって働いて糧を得て、自分と家族を養うかということが常にいつも頭の真ん中にあるという意味です。
別の言い方をします。
「家族のために働いているのだよ。僕は嫌な課長に我慢して、その会社を辞めないのは君たちのためなんだよ。だからどんなに愛しているか分かっているよね」と思っているのです。
でも奥さんたちはそんなこと別に興味がないので、「私に関してどうなの?」ということを奥さんたちは思うのです。
だけど夫はこの苦労をして単身赴任で海外に行った。
「それは誰のためなの?君たちのためなんだ」という風に思うわけです。
だからここにギャップがあるのです。

常に見ているものや苦しみのギャップがあるのです。
外で頑張っていますから、家に帰ったらもうoff duty、オフなのです。
「なぜ週末ゴロゴロ、家に帰ったらずっとスマホ見てゲームばかりやっているの?」と思いませんか。
なぜかと言うと、それで翌日の仕事や来週の週明けからの仕事のための英気を養っているのです。
それが彼らにとっては、それで良いという思考なのです。
ですから私たちはこの罪を犯した時に、愛する人を理解するとか、お互いに心を開いて話し合うということがなくなってしまったので、自分のこの辛さが分かってもらえていないということを、夫も思うし、妻も思う、という風になってしまうのです。
何が大事かというと、これは聖書にこう書いてあるのですが、この世界が始まった時からこうなのです。

皆さん今話を聞いて、「あ、そうだな」と思い至る部分があるかもしれません。
それはもう聖書に書いてあります。
しかも創世記に書いてあるのです。
なぜなら神様が私たちを造って、私たちをこのように教えてくださっているからです。
「では、なぜ神様は意地悪で、なぜこんなことになっているの?」という風に思うかもしれませんが、一つ私たちができることは、自分の心をこのように用いることができるということです。
分からない、本当に分からない。
何回も言いますが、夫は皆さんの気持ちが分かりません。
説明しない限り分かりません。
「説明したら意味ないじゃない。説明しないで分かってもらうところに本当の愛があるんじゃないの?」とか、「それ通じないの?」
残念ながら言わないと分からないのです。
それに、しかも優しく言わないと分からないのです。
きつく言うと反発します。
亀が甲羅の中に入るように、自分の中に入ってしまいます。
優しく言わないと伝わりません。

だけどそれが分かったら、別に夫たちは意地悪したいわけではありません。
むしろ夫たちは皆さんのことを大切に思っています。
そういう風に思うように神様が造っています。
だからそれが分かったら大事にしようと思うのです。
これは少し私の個人的な経験ですが、私が結婚して、北山田というところに、しばらく住んでいたのですが、外資系の会社に勤めていました。
年に1回か2回ぐらいの長期の出張がありました。

まだ下の子がまだ生まれていない、今はもう2人とももう成人していますが、もう20年以上前、20年ぐらい前に、私が出張に行くと言ったら、家内は泣いたのです。
私を見送りながら泣いていました。
その時私は思いました。
「この人にとって自分との関係は非常に大事なのだ。」
だから、もちろん出張は1週間行かないといけないので、行かないといけないのですが、だけど、行っている間にいろいろな動画などを撮って送ったりしました。
当時はガラケーでした。ガラケーでスイスの飛行機の窓から飛行機の動画の非常に画質の汚い動画を撮って送ったりしていました。
そしたらデータ通信料が、どうでもよい話ですが、データ通信料が非常に高くて2万円ぐらいホテルのデータ通信料のようなものを後で請求されました。
何かアホみたいな話ですが、私はその価値があると思っています。
泣いている彼女が一人で子育てしながら、そのガラケーで動画で飛行機などをもらったら、スイスの飛行場みたいなのを見たら、「ああ、夫は私のこと思ってくれているのだな。1週間いなくても体はいないけど、いつも私のこと思っているのだな」と思ったと思います。

少なくともその瞬間は思っているのだなと思ったでしょう。
私はその時に、その時以来というか、その頃からずっと決心しているのは、寂しい思いを絶対にさせないということを決めたのです。
それから今もう、今年26年ですが、もう「一人にさせて」と言われています。
それもどうなのという話ですが。。。でも寂しい思いをしていないと言えば確かです。
でもそれは彼女が私に言ったわけではありません。
聖書を読むとそういうことが分かってくるのです。
だから皆さんが聖書を読んで、皆さんのご主人にもぜひ聖書をお勧めしていただきたいと思います。
回復する夫婦:キリストによる関係修復の希望
この苦しみの中から、私たちはこの罪の苦しみ、そして罪の結果としての苦しみの中で歩んでいかないといけない事実はあるのですが、聖書はそこで終わらないわけです。
3点目ですが、「回復する夫婦」ということで、エペソ人への手紙5章21節を見てください。
新約聖書です。
エペソ人への手紙5章21節というところです。
余談ではありませんが、この元々の神様の良い計画、これを「憧れ」と表現しました。
そして「苦しみ」と表現したものがありました。
そして今からお話するのを「回復」という風にお話をしました。

元々良かったもの。
そしてその良かったものが悪くなってしまった。
そしてその悪くなったものが回復していく。
これが聖書の大きな枠組みです。
聖書のストーリーというのは、元々良かった、それが悪くなってしまった、そしてそれが回復していくという、この3つのストーリーです。
聖書で旧約聖書というのは、元々良かったものが悪くなってしまったというところで、「これから良くなるよ」ということを言って終わっています。
新約聖書はその回復がやってきたということを語っています。
ですのでこの「回復する夫婦」というところの話を見ていこうと思いますが、エペソ人への手紙5章21節です。
キリストを恐れて、互いに従い合いなさい。
この回復というのは、「キリストを恐れて、互いに従い合いなさい」という風に語られています。
この後に22節では「妻たちよ」と、そして25節を見ると「夫たちよ」という風に、妻たち、夫たちに対する教えというのが続いています。

この箇所は、神様に背いてしまった、自己中心によってゆがんでしまった夫婦関係が、キリストによって回復される希望を示しています。
キリストによって回復される希望を示しています。
ですから聖書というのは私たちの悲しい状況を照らし出すのですが、同時に新しい歩みを示してくれるのです。
夫たちはキリストが教会を愛したように、奥さんを支配するのではなくて自分をささげて奥さんを愛しなさいという風に命じられています。
「キリストが教会を愛した」と書いてありますが、イエス・キリストは私たち自己中心の罪人を愛して、私たちを救うために十字架で身代わりになって死なれたということが、この聖書の中心的なメッセージであり、歴史の中心的な出来事です。
そして妻たちには「夫に従いなさい」と書いてあるのですが、それは支配されるものとしての服従ではなくて、教会がキリストに従うようにという風に、愛に基づく自発的なものとして表現されています。
ですからこれは先ほど読んだ、「あなたは夫を恋い慕うが、彼はあなたを支配する」という、その創世記3章16節からの苦しみからの解放と回復への道のり、憧れの夫婦関係への回復への道のりを示しています。
私たちに必要なことは、罪の赦しと愛の回復です。
そしてそれは私たちの心がイエス様の愛によって造り替えられることで初めて可能になるということになります。
クリスチャンではない皆さんは、クリスチャンの友達の夫婦関係などを見て、素敵な夫婦関係なんだろうなと思われるかもしれません。
ですが、どんなに神の言葉を知っているクリスチャンの夫婦であっても、それは回復の途中なのです。
私たちは苦しみ痛みを抱えながら、そこから造り変えられている途上にあるのです。

聖書はいつか本当の完全な回復がやってきますということを語っています。
ですから私たちはその回復の途上にあるものとして、クリスチャンたちはその回復を歩み始めた人たちなのです。
皆さんもしまだクリスチャンでなければ、その回復の可能性を今日聞いたということです。
憧れ、苦しみ、回復、これらがすべて聖書には示されています。
ですので皆さんも聖書を読んで、神様の愛、キリストの愛を知っていただきたいと思います。
おわりに:聖書が示す夫婦関係回復への道
イエス・キリストの生涯はルカの福音書に順序立てて書かれています。
皆さん今日からルカの福音書を読み始めてみてください。
そしてまた、教会に来て、聖書の言葉に触れていただきたいと思います。
筆者プロフィール

- ひゅうが よういち
-
夫婦関係修復カウンセラー。
2010年から500組以上の夫婦の相談、離婚の危機にあるご夫婦のカウンセリングを手がける。聖書を基盤とした本質的な夫婦関係修復法を提供し、多くの夫婦の関係再構築を支援している。
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